夫婦別姓

夫婦別姓

お父さんとお母さんの名前が違うけど、文句ある?

大谷氏についてここまで書いてきましたが、そんな中でまだ書いていないことがありました。それは大谷氏がどのような政策に関して特に推しているのかということです。政治家という立場を考えるとやはり信念を持って推すべき改革というものを持っておくべきなのは当然でしょう。それが秩序を保つことなのか、変革を望むことなのかは分かりませんが何にせよ情熱を持って日本をよき方向へと帰るために努力を行なっていることは確かでしょう。それについて言い変わる以下を判断するのは私たち国民ですが、大谷氏が賛同していたこちらの政策はどう思いますか?

今ではそこまで深く論じられていることもありますが、それでも意識しないと情報として入ってこないものとして『夫婦別姓』というものについて、世間一般ではどのように考えているのでしょうか。私個人としては、正直な話よく分かりませんが名前が変わることで抵抗を持っている人はどのように考えているのか、そう感じます。特に名前を変える機会に立ち尽くすことになるのは女性でしょうが、男性でも婿養子という立場で家の中に含まれるとなったら、やはり肩身の狭い思いを強いられることになります。男の人が妻の名前でその後を過ごす、そのことに抵抗を感じている人もいるでしょうが、それは女性にとって当然かもしれません。私達は生まれた直後は当然、大半の人が父方の姓を名乗っていたり、もしくは母方の姓を名乗っているという場合もあります。生まれた瞬間についているその名前であるからこそ、自我というものが確立されているのだと考えられます。その名前を途中に結婚したからといって変えるというのはそれは今までの自分ではない何かになってしまう、そんな強迫観念にとらわれてしまう人がいてもおかしくないと感じてしまっても何ら問題ないでしょう。

ですがもしこの時、家族構成の中で両親の性が元のままであるなら生まれた時にどちらの名前をつける事が世間一般では正しいのか、ということを疑問に思います。そうなったときにはやはり父親の名前を付けることになると思います。もちろんこの例に関していうなら離婚や不仲による家族の離別というものを含んでいないので中々特殊な例かもしれませんが、親としては気にしないことではありますが子供の頃としては複雑な心境であるというのは外せないでしょう。子供のことを思って、ということを考えているのであれば、やはり夫婦共に同じ生を名乗っていくことが良い方法なのでは思ってしまいます。

海外における夫婦別姓問題

では日本以外の海外ではこの問題に関してどのような観点をもってあたっているのかということを見ていきましょう。その歴史としてやはり関わってくるのはキリスト教という宗教が絡んでいる西欧なども存在しているのです。宗教色が強いと名前に与える影響力は相当なものでしょう、実際にそのキリスト教の思想の中では夫婦というのも入った意であるということを述べているので、結婚したなら夫婦同氏を実現するために婚姻の際には氏を変更できる権限が認められるようになりました。開放的意識が強く働いているところでもありますが、逆にがちがちのプロテスタント色の強いドイツにおいては夫婦同氏を強制的に行うという動きもあります。夫婦別姓という問題に宗教が絡んでくると非常に厄介なことになるだろうとは思いますが、その象徴としてがこれが最も適切な例ではないでしょうか。古代日本を含めた中国・韓国については血縁関係というものに対して強い意識を及ぼす要素として別氏を原則として取り入れているなど、地域によってまるで別姓問題に対しての見方が異なっています。文化とそれまでに培ってきた歴史の中で形成された賜物ではありますが、日本的物事の尺度ができていると異文化に触れることでカルチャーショックを受けると言いますが、まさにこのことでしょう。

また世界各地などの文化における家系や家族を示す名称に関してはその文化によって異なっているということを意識したことある人は、そこまでいないかもしれないですね。日本の尺度で考えると名前というものは自分と同等の存在である、つまりは家族として生活している人に用いられる名前というモノで用いられますが、地域によっては血という流れを意識した家系にもとづいて付けられる名前の付け方の二通りに分かれるのです。これはアメリカなどの文化を見ればある程度理解できると思いますが、ファミリーネームが一緒というのはその一族を示しているということを意味しています。基本的には父方の方を指しているという一方で、家族という一つの集団だけを示している場合には名字が同一という場合では、やはりそのときまでに形成された文化としての違いだからこその産物、ということになります。名前という視点だけでここまで世界と日本という観点から違うということを実感できますから、面白いことですね。

選挙行こう

もしも別姓だったらの場合

ではもし自分の両親が別姓だった場合にはどんな感じになると思いますか?実際に体験した、というようなケースは中々ないと思いますが、日本的に考えたらまずいじめられる原因となるでしょう。尊厳の自由だからいじめられること自体が問題である、なんて見方も蟻かもしれないですが基本的に周囲と明らかに違う異分子は排除したくなるものです。そうなるとはっきりいってそんな別姓だなんてことが周囲に漏れてしまうと子供の頃は他人の心の機微に鈍感な時期でもあるため、そんな習慣を日本で取り入れるのは正直無謀なものだと思います。それまでの培ってきた文化と歴史が海外とは明らかに異なっている、それでも日本的な文化を形成している社会の中では別姓問題は今後も溝を生むことになるだろうと考えて良いでしょう。

政治ニュース