議論に関する歴史

議論に関する歴史

最も加速するのは1990年代

高度経済成長期頃から問題として噴出し、一時期は国民に対しての意識調査の中に指名制度についての項目が設けられているようなこともありましたが、本格的に問題として議論されるようになるのは90年代頃となります。やはり現代頃になれば日本人が海外に行くのは基本的に誰でも気兼ねなくいけるようになった、そういったことで向こうの文化に触れることで何かしらのアイデンティティーを得られる女性などが増えた、ということなのかもしれません。

このことについては本格的に話し合う必要があるとして議論されている。その発端として『選択的夫婦別姓制度』を導入するべきであるといわれ、民法改正案が提出されるようになりましたが、この案はいまだに改正するべきかどうかということに関して深すぎる溝を生んでいるためにいまだ決着の見通しが立っていないのです。話し合っている事実はあるのですが、改正した後に起こりうる問題をどのようにして解消するかということが明確に出来ない限りは、今後もこの案を元にした戸籍法の改正は実現化にこぎつけるのはまだまだ先ではないでしょうか。難しいかもしれませんが、この問題については政府としても永題として考えられいるのです。

改正されたとしても

実際的な問題として様々な弊害を招いていると考えられていると言われていますが、本当にそうなのでしょうか?確かに性別が変わることで子供としてが困るというのは分かりますが、大人でも困るというのは少し想像がつきませんよね。しかし実際に性別を変えてしまったことによって社会的損失を伴う事態に陥った、という例も存在しているというのです。何故なんでしょうか、女性にしても姓が変わるだけでそこまでの社会的身分を貶めるものになるとは、具体的にどのような状況なのでしょうか。

もしもこれが女性で頻繁に問題にされているようなら、その問題を起こしている職場事態に問題があるということではないでしょうか。姓が変わる、それは即ち婚姻関係になるということを意味していますがそれについて単なる僻みや妬みなどで他人を虐げている人の方に問題があると思います。それこそ個人という人格を元に行われていることですから本来他人にとって、口を挟むべきではないもんだということになると思います。但しこの例で言うなら、一度姓が変わったのに戻るということになってしまうとどうしてもあらぬ思いを持ってしまう人もいるでしょうから、精神的に苦痛を味わうことになることもあるかもしれません。もしかしたらそんな社会に対してこの別姓問題を定義しているんだとしたら、恐らく改正したところで問題が解決するとは言えないのではないでしょうか。姓が変わるだけで何かしら社会的に被害をこうむるというのは、それは氏名制度のせいではなく周辺環境がそれに対して干渉してくるということを問題となるのではないでしょうか。そうなると、例え別姓制度が認められてそういった人間関係に関するトラブルが解消されるのか、そうとはとても考えられないでしょう。本当に変えたくないと望んでいる人はそういった点が解消されると思っているのかもしれませんが、私個人からすれば何も解決することはないだろうと感じます。

確かに個人という人格を保証されることになりますが、それはあくまで自己満足ということに他ならないのではないでしょうか。そもそも本当に姓を変えないということを望んでいるのであれば事実婚という形で留めて置けば良いのではないでしょうか。もしここで配偶者的なもので相続が出来ない、等という人は金銭目的で戸籍を結べるように改正して欲しいという風に取れます。それはそれで新しい犯罪を生み出すきっかけになってしまうのではないでしょうか。そうなった場合別姓を取り入れるとなったら遺産目的の事件が発生してもおかしくない状況を生み出すことになります。自己という身分を求めるのであれば、最終的には結婚という道を捨てればいいだけだ。それが嫌だから元の姓のまま結婚したいというのは人間の欲望というものをむき出しにしている衝動的な行動ではないでしょうか。何にせよ、別姓問題については今後も本当に議論をしていく必要があることだと考えたとき、一体何がどのようなことが具体的に問題となるのかを明確に定義して、それに対する対応が本当に別姓にすることで真の意味で解決へと向かうのか、ということを検討した上で考えなくてはいけないことでしょう。

選挙行こう

賛同するか否か

こちらのサイトは大谷氏を応援する場所となっていますが、大谷氏はこの夫婦別姓問題については是非とも取り入れるべきだと述べているのです。ですがこれに関しては本当にこの別姓制度を出来るように方を改正することで、定義されている問題が解消されるのかということに疑問を感じてしまいます。きちんとした明確な因果関係をきちんと把握できるようなものがなければ、この問題は解決という二文字にたどり着くことはないでしょう。大谷氏もそこの問題を本気で取り組んでいくことを考えているならば、問題の本質をどんなことをしても解消することが出来ないからこそ別姓にするべきであるというのを述べる必要があるのではないでしょうか。

ちなみに、これは個人的な意見となっているので大谷氏とは無関係のモノとなっているのでその点はご了承ください。

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