日本における夫婦同氏の原則

日本における夫婦同氏の原則

現在の日本の場合

別姓問題、その問題に一部の日本人の中には問題として触れている人も中にはいるでしょう。実際に裁判に問題を持ち込んで司法の判断に任せているという事例も存在しています。人格的なものを考えたときには別姓にすることで自分というものを確立しながら夫婦生活を共有していく、本質的にはそんな環境を望んでいるのかもしれません。特に女性がほとんど性別を買えることになる現状を良しとしてない、生を変えることで今までの自分がいなくなってしまうような気迫観念にとらわれてしまうということになってしまうのかもしれません。ただでさえ家という束縛した空間に閉じ込められてしまい、そんな中で自分というものを保ちながら生きていたい、そんな思いでいる人が増えているのかもしれないですね。

女性という個がここまで社会的な立場を伸ばしたことは確かに人としてのシステムの中では目覚しい進歩ではありますが、それに日本の法制度が追いついているどうかということに関してはまだまだである、そう思わざるをえないでしょう。具体的に民法から見てみると、婚姻届に記載する氏に関しては『夫婦同氏原則』を民法750条にて規定しています。この規定に則ってきちんとした書面で記載されていることを確認してから、ようやく書類は受理されて戸籍上ようやく夫婦になる、というのが現状の日本の戸籍状況です。これを今後別の性別でも婚姻関係を結んでいることを国としても認めるべきであると議論されていますが、司法としては中々難しいところなのかもしれないでしょう。生まれてくる子供という点についてもそうですが、それ以外にも色々と問題が生じてきます。その代表的な例としては、遺産相続的な配偶者権利をきちんとした書面で証明することができないという問題にぶち当たります。

具体的にどのような場面のことを指しているのか、ということになるのはお昼の男女関係の泥沼劇をなまめかしく表現している昼ドラの世界を想像してくだされば、見当が付くでしょう。自分達は愛し合っているからこそ別に別姓であることに関して何の問題も感じていない、それに戸籍上一緒になっているかいないかで自分達の生涯を縛るというものはどうなんだと、臭い台詞を吐いているドラマの中でよくある内縁、もしくは事実婚という問題を見たことがあると思います。もちろんこういった例としては現実にも存在していると思いますが、中々場面として遭遇するかどうかということになると滅多に診られるものではないでしょう。そもそもそんなことをおおっぴらに言いふらすような神経を持っている人もいないと思いますが。何にせよ、そうしたまかり通っている事実として夫婦関係にあるといっても、戸籍上では結局他人のまま、もしくは同じ家に同居している間柄、ということになります。今ではそんな人たちが実際に存在しているということを認めている人も要るでしょうが、書面上ではそんな人たちのことを夫婦であるというのを認めるわけにはいかないのです。それはあくまで法律としての問題であって、そこには一切の感情などの細かい人間らしさなどを含まない問題が顕著に出てきます。どんなに強くかたっても、どんなにお互いを思いあっているからといっても最終的に夫婦であり、婚姻関係にあるかどうかという問題になったら証明するための手段を持ち合わせていないことになります。こうなると、非常に面倒なことになるのは間がなくても分からなくもないでしょう。だからこそそんな人たちのためということを含めても、別姓にすることを認めてもいいのではないのかという声が聞こえてくるわけですが、では本当にそれを承認するだけで問題が解決するのだろうか、とは誰も思っていないでしょう。

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別姓に問題に関しては検討中

この問題に関しては現在も政府で検討を繰り返されている状況を見ると、一概に別姓であるということを否定できない事実的なものが考えられるという風に見ている人が少なからずいるのかもしれません。でもその基準を認めたとしてもその後に起こると予想される問題に対して、どのように対処していけばいいのかということが焦点になってくるのではないでしょうか。先ほど話した子供に関すること、そして配偶者関係を結んでいないと取り決められない相続問題など、噴出される問題はかなりの量が増えてきます。海外状況を参考にして別姓問題に対して積極的に考える分には何も問題はないでしょうが、承認した後に発生することになる諸問題をどのようにして解決していくべきなのかと課題が山積みとなっています。

現在も根強く議論されていることなのでどうなるかは少し検討しただけでは答えを導き出すのは無理でしょう。

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