大阪府茨市

大阪府茨市

大谷氏が長年出馬している大阪府第9区の一つ

大谷氏が出馬している大阪府第9区という選挙区域ですが、この地域は都市部・また住宅地としての色合いが強いこともあって無党派層が非常に覆いということもあって、その時々の情勢によって誰が当選するかでその当時の国会状況を把握することの出来る構図となっています。最近でいえば大阪では橋本徹氏を中心とした日本維新の会が一大ムーブメント的に大阪で人気を博したことで、日本維新の会に所属している政治家が次々当選することになりました。この時にも大谷氏も出馬していましたが、この頃には民主党は完全に信頼というものを国民から期待できるような状況ではなかったために、落選してしまい政界に再び戻ることが適わなかったのです。この大阪府第9選挙区を見ればその時の情勢でどこか一番人気のある政党なのかを理解できるので、一つの指針としてみたら総選挙もまたどこが議席を多く獲得することが出来るのか分かるかもしれません。

さて、そんな大阪府第9区でもある『大阪府茨市』というものは大谷氏にとっても現在ではゆかりのある街として印象があるところとなっているでしょう。ではそんな茨市というのはどんな街なのか、少し見ていくことにしましょう。

茨市の歴史

茨市というのは呼んで字のごとく、イバラの木が多く茂っていたこと、またイバラを切って屋根をふいたという説から『茨切』がなまって『茨木』となった説など、色々と説が多く存在していますがそれが本当なのかということははっきりしていない。しかしその分夢が存在していると思えば色々と想像もつくと思うので、考えていくと面白いかもしれないでしょう。

使命はさておき、そんな茨市としての歴史が始まったのは今からおよそ何千年という前になる弥生時代からなります。後述の内容にも書きますがその当時の大規模な遺跡が発見されたことからその時代から人が住んでいたという痕跡が確認されています。しかもそこは日本でも最大の銅鐸・銅製品の工場があったということもあって、弥生時代における日本でも最も政治的に重要な位置を占めていたという事実が発覚するのです。その頃の日本は西日本を中心とした文化が形成されているので当然といえば当然かもしれません。それがいつの間にか関東に政治的な力が移動したことで立場がまるで逆転してしまったのですから、歴史という時間の経過は恐ろしいものですね。

またこの地域は日本でも有数の継体天皇陵と治安されるように古墳群地帯としても専門家からは有名な場所であり、それぞれの時代において象徴的な古墳とも言えるものが数多く存在している。この頃は本当に政治的にも、さらに文化的にもかなりの位置を占めていたようですね。また江戸時代の頃には参勤交代という税金の無駄遣いの象徴とも言えるようなことをしていたときには、大名が宿泊するための郡山宿本陣が残されています。この宿は通称『椿の本陣』などとも言われていますが、歴史的価値をいれても参勤交代という税金をこれでもかと使った長い旅がどのようなものだったのかを深く知るためには必要な拠点だといえるでしょう。

室町時代には茨木城が建築されるなど国としても発展していくが江戸時代の頃には幕府の天領として支配されることになっても京都や大阪、丹波と大阪間を結ぶ交通の要衝としても栄えることになるなど、西日本においては交通としては重要な中継点としての要素を持っていたのです。歴史を深めていくごとに都市としての機能を拡大させていく事になる街というのも中々味わいのある街と見るべきでしょう。

明治の時代に入ると廃藩置県の影響で大阪府の正式な管轄になったことで茨木村が町制を実施して、その後1948年には1町3村が合併したことで市制へと移行して現在の茨市が成り立つのです。

選挙行こう

戦後はベッドタウンとしての色合いが増していく

茨市は戦後においてはベットタウンとして住民から利用されるようになったこともあり、人口が増えると同時に工場も集積していくことになりました。その後も日本万国博覧会に伴う周辺駅の開発が再開発などが急速に進み、市街地の整備がそれまで以上に加速することになるのです。現代でもマンションなどの集合住宅が多く建設されたことで、通勤や買い物などに便利な文教都市として人気が高い現状が続いている。人口が増えているということを含めても前述で紹介した無党派が多い地域であり、そしてその時の世情によって誰が当選することになるのかという影響も常に新規でこの街に住むことになる人が多いことも関係しているでしょう。

今後も大谷氏がこの大阪第9区で活動していく場合には古くから住んでいる人はもちろん、新しく住むことになった住民の心をいかに掴むかで今後の政治活動に左右するといって良いでしょう。

政治ニュース